はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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ヒナ田舎へ行く 200 [ヒナ田舎へ行く]

おやつを食べ終えた薄情なヒナは、カイルを連れて、行ってしまった。

僕が呼び出しを受けたのは、いったい誰のせいでしょうね!

誰のせいかは明々白々。もちろん、ヒナが余計なことをポロリしたためだ。本の読み過ぎで想像を逞しくし過ぎるのが原因だ。

ダンは癇癪を爆発させそうになりながらも、のろのろと片付けを始めた。

なにも急ぐ必要はないのだ。あとで書斎に来いとスペンサーに言われたけど、すぐに、とは言わなかった。

だからゆっくり片付けをして、ゆっくり書斎へ向かえばいい。そうこうしているうちに昼食の時間になってしまうかもしれないけど、そうなったら午後にまた出直せばいいだけ。僕だって暇じゃないんだから仕方ないよ。

けれども片付けはあっと言う間に終わり、自分の手際の良さが恨めしくなった。

ブルーノがいれば、ちょっとお茶でもと来る時を引き延ばせたのに。もしくはボディーガードよろしく付いてきてもらうという手もあったが、あいにくブルーノは午前の仕事を終え休憩中だ。さすがに仕事量の多いブルーノの休憩を邪魔する気にはなれなかった。

非常に残念だが、ダンは覚悟を決めて書斎へ向かった。

都合がいいのか悪いのか、入口のドアは開いていた。

顔を少しだけ覗かせて、中の様子をうかがう。

スペンサーはすでに座って待っていた。当然である。

「入ります」ダンはおっかなびっくり中に入り、スペンサーの目の前に着席した。

難しい顔をしていたスペンサーは顏を上げるなり表情をやわらげた。「わりと早く来たな」そう言って、手に持っていた支払い伝票を封筒に仕舞った。どうやらこの屋敷を維持するには相当なお金が掛かるようだ。伯爵がもう少し気前良ければいいのにと、ダンは密かに思った。

「ヒナがカイルと部屋にあがってしまったので、僕の午前の仕事はおしまいです。もう少ししたら昼食の手伝いでキッチンに行きますけど」

「どこかで親父に会ったか?」

まさに不意打ち。

ダンは警戒した。ヒューは僕を受け入れてくれたけど、それはヒナの為であって、僕の為ではない。だからもし何か問題が起これば、すぐに追い出されてしまう。

「ヒューに?いいえ」

「そうビビる事はない。ヒナの事でちょっと言われただけだ」スペンサーは軽く笑った。

「ヒナの?いったい何を言われたんですか?」ダンは目の前のテーブルに手を突き身を乗り出した。ヒナに何かあれば、笑い事では済まされない。

「食事の時間は守るようにだと。それから、予定をしっかりこなせ――これは俺に言ったんだが――、ようはここにいる目的を忘れるなとかそういうことだ。親父が注文を付けたのには訳がある」

スペンサーが何を言わんとしているのかすぐに気付いた。

「伯爵ですね」ダンは言葉をつないだ。

「そうだ」スペンサーは神妙に言った。「これ以上は伯爵に逆らうなって事が言いたかったんだろう。どうせばれやしないと高をくくっていてもいいが、ばれない保証など何もないからな。ヒナは何か目的があってここにいるんだろう?その目的を達するには、伯爵の言いなりになるしかない。違うか?」

スペンサーは核心をついていた。ダンにその答えを求めているのか、ただ持論を確認したいだけなのか判断がつきかねた。

ダンは口を閉ざし肯定も否定もしなかった。

やがてスペンサーが諦めたように溜息を吐き、例の酒場の話を切り出した。

これにはさすがにダンも黙っているわけにはいかなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 201 [ヒナ田舎へ行く]

ダンがヒナに関することで言えないことがあるのは理解している。知りたいとは思うが、無理強いをする気はない。

けれども、先ほどの居間での会話の真意は何が何でも明かしてもらう。

「それにしても意外だったな。ヒナと酒場の話までするとは」これは本音だった。ヒナはあけっぴろげな性格ではあるが、たかが近侍(ダンには申し訳ないが)と込み入った話をするとは思いもしなかった。

当然だろう?ダンが『スペンサーは酒場で女の子を引っ掛けるんだって!』なんてヒナに報告している姿なんて想像もつかない!

上辺だけとまではいかないにしても、結局は金銭でもって組まれた主従関係だ。友人や家族になれるわけではない。契約が終われば関係は終わる。事実そうなのだろう。けれども、ヒナとダンは主従関係と並行して家族のような親密な関係を築いていた。

その事実に少なからず衝撃を受けた。

「たまたま、そういう話に」ダンが閉ざしていた口をやっと開けた。困ったような表情がスペンサーの欲望をチリチリと刺激する。「ほら、本の話をしていたんですよ。ヒナがよく読む本の主人公が出掛ける場所の話です。酒場だったり、クラブだったり、そういう……」自分でも説得力に欠けると思ったのか、ダンの言葉は尻切れになった。

「ふぅん。放蕩者のお出掛け場所と俺とどういう関係があるんだ?」スペンサーは憮然と訊ねた。

ヒナが好きな本の主人公が放蕩者であるのはほぼ間違いない。そのくらいのことは俺だって知っている。まさか俺のことを放蕩者だと言うつもりじゃないだろうな?俺ほど真面目な男もいないぞ?

「僕はスペンサーがどうとか言ったつもりはないんです。ヒナが勝手に」ダンはもじもじと言った。

勝手に!そうだろうとも。ヒナなら勝手に酒場と俺を結びつけて、あることないことダンに吹き込むだろう。

なんたってヒナは、俺の味方じゃないんだからな。

腹立ち紛れに、テーブルを蹴ってやろうかと思った。都合のいいことに、ハンカチにくるまれた菓子が乗っているだけだ。被害も少ない。けれども、ダンを怯えさせるのは得策ではない。苛めたくてうずうずするが、ブルーノに遅れをとるのだけは避けたい。

「酒場の話が出たのは、本当に偶然か?俺のことを考えていたからじゃないのか?」思わず願望が口をついて出た。ダンの頭の片隅にでも存在したいという願望。

そこを突破してしまえば、あとはどうにでもなるという考えがあったからかもしれない。一度気になり出せば、後には引けなくなるのを身をもって体験しているから。

「そう言われたら、そうかもしれません」ダンは素直に認めた。

予想外なことは突然起こるものだ。だからこそ予想外なのだ。

スペンサーは期待し過ぎてはいけないと自分を戒めた。やはり偶然ということもある。ダンはヒナと話をする直前まで、俺と酒場の話をしていたのだから。しかも話を吹っ掛けたのはこちらで、ついでに言えば、ダンは酒場なんか行ったことないと断言していた。

けれどもやはり、何かを期待して頬が緩むのは止められなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 202 [ヒナ田舎へ行く]

もしかして、いまのは問題発言だった?

ダンは自分が発した言葉の言外の意味を考えてみた。

酒場の話をヒナに振ったとき、確かにスペンサーのことを考えていた。それは間違いない。けれども、これまでヒナにほのめかされたことや立ち聞きしたことを鑑みると、スペンサーに気があると思われかねないことに気付いた。

でも、そこまで深読みする必要ってある?

ただスペンサーのことを考えていただけで、僕が特別な感情など抱いていないってことはスペンサーも分かっているはず。

ああっ!ヒナのほのめかしさえなければ。いや、ブルーノが本気とか、スペンサーがそれなら俺も本気を出すとか、そういうことを知らなきゃよかったんだ。

知ってしまったら、こっちだって意識してしまうよ。

なんだか、ややこしくなってきた。僕は恋愛向きな性格をしていないんだ。そういう感情、僕にはない。昔からそうだった。でも、誰かに好かれたりかまわれたりするのは嫌いじゃない。姉さんたちにかまわれるのだけはごめんだけれど。

「怒っていないんですか?」

僕が余計なことを言ったせいで、スペンサーはヒナに酒場で女性を口説く類の男だと思われてしまった。まぁ、もともとはスペンサーが僕をそういう人間だと思ったせいだけど。お屋敷のメイドと色恋!考えただけでぞっとするよ。お屋敷にメイドなんかいなくて本当によかった。

「気分は良くない」スペンサーはわざとらしく顔をしかめてみせたが、笑顔はほとんど崩れなかった。

「そうですよね。でも本当にちょっと気になってヒナに訊いてみただけなんです」単純に聞いた相手が悪かったのだけれども。

「訊く相手を選ぶべきだったな」とスペンサー。

言われなくてもそう考えていたところです、という言葉が口をついて出そうになったが「ええ、まったく」と控えめに答えるにとどめた。

そこで酒場の話はひと段落し、話題は転じた。

「ああ、そうだ。午後は屋敷を案内するからそのつもりで」

「今日の午後ですか?」

「今日の午後だ。どうせ雨で暇だろう?」スペンサーは窓の外に向かって手を振った。「まあ、暇でなくとも案内はしなきゃならんのだが」面倒だとばかりに溜息を吐く。この屋敷には特に見せるところなどないからだ。

ダンはすでに屋敷の隅々まで把握済みなので、誰の案内も必要ない。むしろヒナを案内する役目を受け持ってもいいくらいだ。

「ヒナに課せられた課題のひとつでしたね」

「なんの意味があるのかは分からんが、そういう指示を受けている。ダンも時間を空けておくように」ぴしゃりと言い、スペンサーは書き物机の上の時計をちらりと見た。どうやらこれで話は終わりらしい。

「僕もですか?」せっかく自由時間が増えると思ったのに、当てが外れた。

スペンサーが眉を上げた。「何か不都合でも?」

「いいえ」ダンは憮然と言い返し「それでは」と席を立った。

勝手にここに居座っている身としては、伯爵の指示でもスペンサーの指示でも従わなければならない。そう思うと、なんだか腹が立った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 203 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノは昼食の片付けを終えると、玄関広間へ急いだ。

ラドフォード館巡りのスタート地点だ。

参加要請はされていないが、当然参加するつもりだ。

ヒナにべったりのカイルも乗り気だ。こちらも誘われてはいないが。

ということで、玄関にはヒューバートを除く全員が集った。

満を持して登場したスペンサーは弟たちが当然のようにそこにいるのを見て、不快感を露わにした。

企みを邪魔されたことへの不満を隠そうともしないとは、やはりダンに何かする気だったな。例えば、強引にキスとか。

「屋敷を案内するだけだぞ?」スペンサーは邪魔者を追い払おうと無駄な抵抗を試みた。

「たーんけん!」ノリノリのヒナ。格好からして探検向きな装いだ。

「探検!」カイルもだ。手には蜘蛛の巣を払うための棒を手にしている。柄の長い箒だ。

「遊びじゃないんだ。言っておくがこれも勉強だぞ」スペンサーはさらなる抵抗を試みたが、それが全くの無駄であることは明白だった。

「すみません」ダンは恐縮し、はしゃぐヒナをたしなめた。「おとなしくスペンサーについて行くんですよ」引率の先生のようだ。

「はーい!」ヒナは従順に答え、帽子をかぶりなおした。おかげで中に押し込んでいた髪束がすべて落っこちた。ダンの苦労は台無し。

「どうせ暇なんだ。みんなで楽しめばいいじゃないか」ブルーノは勝ち誇った顔でダンの横に並び、そっちの意図はお見通しだぞとスペンサーに挑戦的な眼差しを向けた。

くそっという悪態を吐くような声が聞こえた気がしたが、ブルーノは聞き流すことにした。寛容さも大切だからだ。

「それでは行くか」スペンサーは諦め口調で言い、一行を従え、まずは玄関の奥の大広間へ入った。

大広間は今は使われておらず、がらんとしたただの空間でしかなかった。ブルーノの記憶にある限り、ここでパーティーのようなものが開かれたことはなかった。シャンデリアに明かりが灯されることもなければ、端に寄せられた椅子やテーブルが活躍することもない。風を入れるために時折窓の開け閉めはするものの、空気が淀みほこりっぽいのは明らかだった。

そうやって部屋を次々と巡り、一階を制覇したところで――居間や食堂、書斎などは飛ばした――、ヒナがのどが渇いたと言い出した。

ダンは水筒を取り出し、ヒナに手渡した。

なんと準備のいいことか。ヒナは当然のようにこくこくと喉を潤し、二階に向けて出発した。はしゃぎ声をあげ、カイルとじゃれ合うようにして階段を上っていく。

ブルーノは感心しながら、水筒を布袋に収めるダンを見守った。

「なるほどな。探検には水筒は不可欠だ」

「非常食にカチカチのビスケットも用意しています」ダンはニッと笑った。

「ヒナはサクサクほろほろが好きだが、探検だから仕方がないな」ブルーノは笑い返した。手伝い以外でダンとこうやって会話をしたのは、すごく久しぶりな気がした。仕事以外でも、もっと一緒にいたい。

「あ、そうだ」ダンが階段をのぼりかけたところで急に止まった。

「え?」

まさかそこで止まるとは思いもしなかったブルーノは、ダンに衝突し、ダンはその衝撃で前につんのめった。

とっさに、抱き戻した。

背後からギュッと。

必要以上にギュッと。

ドキドキしているのは自分の心臓か、はたまたこけそうになったダンの心臓か。

つづく


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あとがき
こんにちは、やぴです。
更新時間くるっちゃってすみません(>_<)

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ヒナ田舎へ行く 204 [ヒナ田舎へ行く]

そう!まさに、こういうことはいけないと言いたかったんだ。

僕に抱きついて、握り潰すような真似はやめてってことを。

けれども、一方的にブルーノを責めるわけにはかない。もとはといえば、いきなり立ち止まった僕がいけないんだから。

ダンは反省しつつもやんわりと抵抗の意志を示した。

苦笑いを浮かべて振り返り「すみません」と、ちょっぴり痛そうに顔をしかめてみせた。

「危ないだろう?」注意するブルーノはダンよりももっとしかめ面だった。「もう少しで額を打ち付けるところだったぞ」

「いくらなんでも手を付きますよ」とは言ったものの、前回は手を付き損ねたからこそ顔から地面に突っ込んだわけだ。あんな恥ずかしい思いをしたのは本当に久し振りで、もう二度とごめんだ。僕はもう小さな子供じゃないんだから。

「どうだか」そう言ってブルーノは手を緩めた。「で、何を言うつもりだったんだ?」

「へ?」

うっかり思考が子供時代へと逆戻りしかけていたダンは、一分ほど前に言おうとしていたことを失念した。ブルーノの青みがかった灰色の瞳が、急かすようにこちらを見ている。

ダンは焦った。

「えっと、あまりぎゅっとされると痛いんです。優しくして欲しくて――」

確か、こういうことを言おうとしていた。好意を寄せていてくれるなら、もっと丁寧に扱って欲しいってことを。けれども、それを口にするとひどく自意識過剰で馬鹿馬鹿しいほど恥ずかしいことに気付いた。ことあるごとにヒナがあれこれ言うものだから、すっかり勘違いしちゃった愚か者みたい。

「ああ、悪い。とっさに力が入ってしまったようだ」ブルーノはさらりと受け流した。

なんだか余計に恥ずかしい。いたたまれず、ダンは目を逸らした。

「いえ、いいんです。僕がドジだからいけなかったんです。いつもはそんなことないんですけどね」少なくとも、こけて顔に傷を残すようなことはこの二年はなかった。なんたって役者は顔が命だもん。いや、元役者志望か……。

「屋敷の勝手が違うからだろう。さ、急がないとスペンサーが戻ってきて怒鳴り散らすぞ」ブルーノはダンの尻をポンと叩き、先へと促した。

きゃ!とダンは飛び上がり、階段を駆け上った。叩かれたお尻が火傷した肌のように熱く火照った。ちりちり、むずむず。ブルーノが後ろにいると思うと、背中を箒の先っちょで撫でられているかのようにぞわぞわとした。

ブルーノも同じ調子でついて来て、二階の廊下を行くヒナたちの列に難なく納まった。

スペンサーは二人が遅れをとっていたことには、まったく気付いていない。

ヒナがあれこれ質問しているからだろうけど、どうやらそれは意図的だったようだ。

というのも、ヒナがちらりと振り返って、ニッと笑ったからだ。

ヒ、ヒナめぇ~!

つづく


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ヒナ田舎へ行く 205 [ヒナ田舎へ行く]

「よし。みんな止まれ」そう言うと、スペンサーは鍵束を取り出した。

場所は二階、西の棟。絵画室のある棟だ。

「次はなに?」ヒナのわくわくした声が、狭く暗い廊下に陽気に響いた。

「ここからはヒナだけ付いてくるように」スペンサーが言うと、カイルが不同意を示す呻き声を上げた。普段立ち入れない場所を覗けると楽しみにしていたのだから当然だ。

ダンも楽しみにしていたので、当然落胆した。しかもその理由をスペンサーが言おうとしないのだから、ヒナみたいに好奇心が疼いて、もどかしくて、ついにはブルーノにどうにかしてよと視線を送った。

ブルーノは肩を竦めただけだった。

ダンは口を尖らせた。ヒナみたいに。

絵画室には鍵は掛かっていない。鍵が掛かっているのは隣の部屋だ。ジェームズがくれた見取り図には、そこが何の部屋かは記されていなかった。貴重な品でも保管されているのかもしれない。

ラドフォード家に代々伝わる宝剣だったりして。

気になったものの、ダンは聞き分けの良さを発揮した。「では、僕たちはここで待っていましょう」本当に渋々だったけど。

「ちぇっ」カイルがありもしない小石を蹴る真似をした。

「だったら俺たちは絵画室でも見学しよう。こっちはいいんだろう?」ブルーノが絵画室を指差す。

「ん、ああ、まあそうだな。じゃあ俺たちはこっちに。終わったらそっちに合流する」

ヒナとスペンサーが小さな入口をくぐって中に消えると、上部がアーチを描く扉はギギッと不気味な音を立てて閉じた。

「あの部屋には何があるんですか?」ダンはブルーノに訊ねた。

「何があるの?」カイルは扉に耳を張り付け、中の様子を探ろうと必死だ。

「がらくただ。気にするほどでもない。ほら、行くぞ」ブルーノはカイルの腕を引っ張って扉から離すと、ダンに向かって顎をしゃくった。「俺たちのご先祖様もいるんだ」

「え?そうなんですか?」前に覗いたときは気付かなかった。ブルーノに似た人なんていたっけ?

「ここのお姫様だった人。お母さんにちょっとだけ似ているんだ」カイルは誇らしげに言い、先陣を切って絵画室へと入っていった。

その昔、この土地がロス一族のものだったのは知っている。けれども、カイルの言うところのお姫様がラドフォード家に嫁いでいたなんて。ということは、両家は親戚関係にあるということ?主従関係に近いと思っていたから驚きだ。

金の額縁の中のお姫様は意外にも黒髪だった。瞳ははっとするような鮮やかな緑だ。挑むような目つきでダンを見返し、容易に近づくなと命じているようだった。スペンサーにもブルーノにも似ていなかったが、カイルには少しだけ似ているような気がした。おそらく歳も同じくらいだろう。

とにかく、カイルがお母さんにちょっとだけ似ているというお姫様は、文句なしに美しかった。

これでブルーノやスペンサーが、もちろんヒューも、美男子なのも納得できた。血というものには逆らえないのだ。

ダンは絵の前で立ちつくし、嘆くように首を振った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 206 [ヒナ田舎へ行く]

絵画室は興味深い場所ではあるが、退屈な場所でもある。

ブルーノは熱心に先々代伯爵の肖像に見入っているダンの横に並んだ。もちろんダンの横顔を見るためだ。

カイルは箒の先で蜘蛛の巣を払っている最中なので、いないも同然。なかなかよく出来た弟だ。

「この方は、いまの伯爵に似ていますか?」ダンが訊ねた。

「どうかな?会ったことないからな」ブルーノは答えた。

「そうでしたね」

「気になるか?」

「ええ、まあ」ダンは上の空で言い、出口に向かった。先々代の伯爵で肖像画は終わりだった。「なんだかおかしな話ですよね。僕もヒナも伯爵に会ったこともないのに、ここにいるなんて」

「親が知り合いなんだろう?」どういうつながりかは知らないが、ヒナの交友関係を考えると、父親にはたいしたコネがあるようだ。いや、祖父のデンザブロウの方か?まあ、もう何日かすれば報告書があがってくるだろう。そうすればヒナが何者か分かり、ダンの名前も知ることが出来る。

「そうみたいですね」ダンは廊下に出ると、隣の部屋の扉をちらりと見た。

「まだのようだな」ブルーノは声を掛けて、また隣に立った。こうして並んでみると、ダンの肩は抱くにはちょうどいい高さにあり、いまが館巡りの最中でなければまさにそうしていただろう。

ブルーノが不埒な想像をしていると、ギッと音がして扉が開いた。

ヒナが先に出てきて、スペンサーは少し遅れて姿を現した。元通り鍵を掛けると、何事もなかったかのようにそこはひっそりとした。

「ヒナ、どうでした?」ダンが声を掛けた。

ヒナは興奮しているようでもあり、疲れているようでもあった。ちょっと熱でもあるような顔をしている。

「うん」ヒナは曖昧に返事をした。

ダンは膝を少し曲げてヒナの顔をのぞき込んだ。「大丈夫ですか?」

「心配ない」スペンサーが答えた。

ヒナはスペンサーをちらりと見て、それから頷いた。頭の上の探検帽が危なっかしく傾いだ。

「でも……」ダンは食い下がった。部屋に入る前と後で、ヒナの様子が変化したことを見過ごせるはずながない。

「空気が悪かったんだろう。バルコニーに出よう」スペンサーが言う。

「雨が降っていますよ」ダンが指摘する。

「大丈夫だ。上のバルコニーが傘代わりになっている」ブルーノはダンを安心させようとそっと肩に手を置いた。

スペンサーが眉を吊り上げる。

「あ、あれ。ヒナ出てきてたの?どうだった?」掃除の終わったカイルが絵画室から出てきた。

「うん。もう終わった。次はバルコニーだって」ヒナは淡々と言って、スペンサーに寄り添った。

「絵画室はいいの?」カイルが訊ねる。

「絵画室はまた今度だ。ほら、行くぞ」スペンサーの号令で、館巡りは再開した。

バルコニーに出たところで、ヒナが今日はもう終わりにしたいと言いだした。出発したときの元気の良さは消え、背中も丸まっている。

「そろそろおやつの時間ですね」ダンがヒナを気遣って言う。確かにそろそろ茶の時間だが、たいした菓子は用意できそうにない。まあ、焼き菓子の残りがあるからいいか。

「ブルゥのスコーン食べたい」ヒナが顔を上げて、リクエストした。

期待に満ちた飴色の瞳を向けられて、断れるはずもない。

「僕も手伝います」ダンの言葉がとどめとなった。

「よし、じゃあ下に行くか」ブルーノはダンを誘って、バルコニーから室内に入った。スペンサーがうまくやりやがったなという顔をしていたが、無視した。

もうしばらく、ダンは独占させてもらう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 207 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは後ろ髪引かれる思いでその場を離れた。

一度振り返ってヒナを見たら、スペンサーに寄りかかるようにしてバルコニーから中に入るところだった。

ヒナってば、スペンサーにぴったりと寄り添ったりなんかして、いったい何を見たのかは知れないけど、僕には何も言ってくれないつもり?そりゃ全部を知る権利は僕にはないのかもしれないけどさ。身体が冷えて風邪でも引かなきゃいいけど。本当にスペンサーにまかせておいて大丈夫なのかな?

ダンはヒナを気にするあまり、廊下の壁にぶつかりそうになった。前方不注意だ。すんででブルーノが引き戻してくれて、すでに傷ついた鼻がへちゃげずに済んだ。

「ずいぶん心配するんだな。スペンサーがついているから大丈夫だ」ブルーノの口調は、心配しすぎは毒だとでも言いたげだった。それでも腕に優しく置かれた手の感触は心地よかった。

「そうですね」と言ったけど、実は心配よりも嫉妬を感じていたのかもしれない。ヒナの世話は僕だけに与えられた特権だから。

キッチンまで来ると、気持ちは落ち着いた。ここではすべき仕事が山のようにあるからかもしれない。余計なことを考えている時間などないのだ。ヒナがブルーノのスコーンを待っている。

ブルーノの手際はよく、ダンの手など必要とはしなかった。なのでダンは茶器を準備すると、座って、スコーンが出来上がるのをのんびりと待った。

退屈ではなかったけど、話し相手が欲しかった。

「明日は晴れますかね?」

「雨は上がるだろうな」

「ではお屋敷巡りはしばらくお預けですか?」

「どうかな。雨が上がっても外には出ないだろうな。ピクルスはぬかるみが苦手だし、どうせウォーターズが来るだろうしさ」ブルーノはひとまとめにした生地を伸ばして、型を抜き始めた。

「そうですね」ヒナも旦那様に会えば元気になるだろう。会えなかった二日間の積もる話もあるだろうし、もしかすると旦那様と話をしたあと、あの部屋で見たものを僕にも教えてくれるかもしれない。

スコーンの生地がオーブンの中に納まった。

ダンはよっこらせと立ち上がって、茶の支度に取り掛かった。どうも、疲れているようで、身体が重い。たぶん『酒場と女の話』が余計だったのだろう。ヒナとは二度とああいう話はしない。

すぐに告げ口されちゃうから。

「別に座ってていいぞ。あとは湯を注いで蒸らすだけだろう?」

「ええ、でも。まずはヒナのを先にやっておかないと――」そう言いながらも、お尻は元の場所へ引きつけられていく。

「ああ。猫舌だからな」ブルーノがふっと笑いを漏らす。

「極度のね」ダンも笑った。そして座った。

今日はブルーノに甘えさせてもらおう。

本当に疲れていて、いまにも眠ってしまいそうだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 208 [ヒナ田舎へ行く]

焼き立てを食べたかったと、後で文句を言いそうだ。

ブルーノは出来上がったスコーンと紅茶を居間まで運ぶと、ダンが居眠りをするキッチンへ取って返した。

ダンは椅子の上で姿勢よく眠っていた。都会の従僕とはこんなものなのかと感心する一方、主人を持つというのは大変だと同情もした。

この屋敷に常に主人がいたらと思うとぞっとする。伯爵本人ではなくとも、兄弟だったり、親族だったり。だが不思議なことにラドフォードは当主以外は短命だ。

人に仕えるのは嫌いな方ではないと思う。ただ、想像できないだけだ。もしもラドフォード一族が長寿とまではいかないまでも、そこそこの寿命を与えられていたら、ロス一族の生活そのものも全く違っていただろう。

ダンの心地良さそうな寝息が聞こえた。規則正しく、安心しきっているような寝息が。

疲れているだけだと分かっていても、こんなにも無防備な姿を晒してくれたことが嬉しい。同じようなことをスペンサーも体験しているが、あれはアルコールの力でスペンサーの力ではない。しかも俺のホットワインの力だ。

ブルーノはダンの向かいに座った。スコーンを半分に割り、バターを少しだけ塗った。熱さでバターが溶け、ザラザラの断面に染み込んでいく。

ひと口かじった。我ながら手際良くやったと思う。ダンがそばにいると、いいところを見せようと張り切ってしまうのだ。

はたから見たらさぞ滑稽だろう。

特にスペンサーなら必ず笑い飛ばすはずだ。

だが、あちらも必死の様子。

結局、兄弟揃って滑稽というわけだ。

ブルーノは紅茶を啜った。納得の味。いつしかダンの持ち込んだ高価な茶葉の味を舌が覚えてしまったようだ。もう安物の茶葉では満足できないだろう。

ダンなしでは満足できないのと同じで。

ふいにダンが目を開けた。ダンの眠りはいつでも唐突に覚めるようだ。

「まだ、焼き立てだぞ」ブルーノはいまだ焦点の定まらないダンに、自慢のスコーンを勧めた。

「あ、ありがとうございます。いただきます」ダンはいままでずっと起きていたかのように、焼き立てのスコーンに手を伸ばした。

ブルーノが紅茶を注いでやると、礼を言って、まずは二つに割ったスコーンの香りをかいだ。ほんのりと立ちのぼる湯気に鼻をひくひくとさせ、バターをたっぷりと塗って、大きく開けた口でがぶりとやった。

なかなか豪快で、こういうところも魅力のひとつだと感じた。

「美味しいです。やっぱりブルーノのスコーンは最高ですね」

ダンの褒め方も魅力だ。最高だなんて言ってくれるやつはそうはいない。

「あ、はちみつもいいですか?」ダンは指先に付いたバターを舐め取りながら言った。

こういう仕草も魅力だ。

「好きなだけどうぞ」ブルーノは気前よく言うと、ダンを真似て大口でスコーンにかぶりついた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 209 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーはヒナとカイルを相手に茶を飲んでいた。

ダンがあがって来なかったのが気になったが、子供二人の前でブルーノにあれこれ聞くのは憚られた。ヒナに期待したが、こういう時に限って「あれ、ダンは?」などと言う言葉は飛び出してこなかった。スコーンで口が塞がっていたからだが、おそらくわざとだと思われる。なかなか意地が悪い。

「ヒナ、ジャムもあるよ」カイルがヒナにジャム壷を差し出す。

「いらない。はちみつがいい」ヒナはイチゴジャムには無関心だった。

「じゃあ僕はバターとジャムで贅沢する」とカイルが宣言すると、

「じゃあ、ヒナも贅沢する」ヒナははちみつの上にバターを乗せた。

恐ろしくくだらないやりとりを見ながら、スペンサーは紅茶を啜った。完全に蚊帳の外だが、巻き込まれるのはごめんだ。

「ぼちぼち雨は止みそうだな」ぼそっと言って、カップ越しにヒナを見た。

「ほんと?」ヒナは即座に反応した。

雨が止めば、お気に入りの隣人に会えると思っているからだ。あの男のどこがいいのかさっぱりだが、あれこれお土産を持参してくれるのは大歓迎だった。

「じゃあ明日はウェインさんに会えるね!」

ここにもいた。隣人びいきな人間が。

「まあ、雨じゃなきゃ、来るだろうな。暇を持て余しているようだし」スペンサーは皮肉混じりに言ったが、すでに子供たちの輪からは外れていた。

「また庭の散歩する?」ヒナが言う。

「うーん。どうかな?今回の雨はけっこうすごかったから、芝もベチャベチャしてると思う」手がベトベトのカイルが言う。

「じゃあ、ここでお茶する」ヒナはベチャベチャを想像してかゾッとした顔を見せた。

「僕もそうしたい。次は旅の話をしてくれる約束なんだ」

「たび?じゃあ、ヒナも聞く」

「ヒナもここまで旅をしてきたんだろう?」スペンサーは無理矢理割って入った。

「ウェインさんはウォーターさんといろいろ行ってるみたい」カイルは子供っぽく足先をぱたぱたとさせた。兄の事など完全に無視だ。

ヒナの口にスコーンが入った。「ふぉうなの?」と訊き返すと、空のカップを見て、それからこちらを見た。

まさか?注げという意味か?

ヒナ用のティーポットを手にすると、ヒナがうんうんと頷いた。

やはり、注げという意味だったようだ。

まったく。俺は召使ではないのだぞ。

そこでふいに思い出した。ダンがこの場にいない事を。

スペンサーはヒナに紅茶を注ぐと、空のポットを手にキッチンへ向かった。

つづく


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